日本児童文学学会
Japan Society for Children's Literature

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関西例会

第157回 日本児童文学学会 関西例会ご案内

第157回日本児童文学学会関西例会を以下の通り開催します。

開催概要

日時:2025年3月23日(日) 受付12:30~
会場:大阪府立中央図書館 2階多目的室(〒577-0011 大阪府東大阪市荒本北 1-2-1)
定員:会場40人(申し込み先着順)
※どなたでもご参加いただけます。

参加費:無料
        
共催:大阪国際児童文学振興財団 協力:大阪府立中央図書館

プログラム

      

研究発表1

神沢利子文学の源泉― 少女時代の詩作と「ワカルパ物語」 ―
岩本和花・谷内花菜(大阪教育大学3回生)

本研究は、『くまの子ウーフ』等で知られる児童文学作家・神沢利子を取り上げ、その作品のはじまりにあたる少女時代の詩作と『海豹昇天(ワカルパ物語)』(以下、「ワカルパ物語」)の分析を行い、神沢文学の魅力を解明する手がかりをつかむものである。
エッセイ等でしばしば言及されている通り、神沢の創作のはじまりは少女時代に雑誌『少女の友』(実業之日本社)に投稿していた詩であるが、どのような詩を創作していたかについては未詳の部分も多い。そのため、神沢が『少女の友』に雑誌を投稿していたと語る1938年から1940年までに創刊された『少女の友』の「少女詩」欄において、神沢の当時のペンネーム〈日南克子〉を見出すこととした。すると、1939年2月号・3月号・9月号・12月号の選外佳作欄に〈日南克子〉の名が並んでいること、1939年7月号の入賞第一席に「あさのうた」、10月号の入賞第三席に「高原」、11月号の入選作品に「秋」がそれぞれ〈日南克子〉の名で掲載されていることがわかった。これらの分析を通して、神沢の少女時代の詩作の様子を探る。
また、エッセイ等で自身の童話処女作だと神沢が言及する「ワカルパ物語」については、これまで単行本の形式で発表されたことはない。しかし、2005年に北海道立文学館で開催された「神沢利子の世界 : 北を想う・北を描く」という展示会の準備の折に、自宅の書庫より長女によって発見された(※1) 。その後、『飛ぶ教室:児童文学の冒険』(光村図書)の「特集 神沢利子の世界」(2005年10月)において、神沢利子の未発表処女作として欠落した部分もありながら掲載されている。本研究では、『飛ぶ教室』に掲載されたものをもとに、神沢が本作品を執筆する上で影響をうけたと語る、深田久弥「オロッコの娘」と宮沢賢治「なめとこ山の熊」との共通点・相違点をみながら本作品に反映された、子ども時代を過ごした南樺太と、生きることへの2つの想いを読み解く。

※1 山田ルイ「今生の仕事『飛ぶ教室:児童文学の冒険』(光村図書・2005年10月) 111頁 

研究発表2

フィリップ・プルマンHis Dark Materials三部作研究
―新時代を切り開く少女ライラ:母子関係から見る新たな「イブ」像―
志村玲音(大阪教育大学 4 回生)

本研究は、日本では『ライラの冒険』シリーズとして知られるHis Dark Materials三部作を、作者の持つ宗教観を手掛かりに分析し、主人公ライラの成熟といった観点を中心に、作品の魅力を明らかにするものである。
本作品は、イギリスの児童文学作家フィリップ・プルマンによるもので、主人公のライラが異世界を移動しながら「ダスト」と呼ばれる物質の謎を追いかけるというファンタジー作品である。ミルトンの『失楽園』を中心とするキリスト教の世界観を、〈真理計〉や〈神秘の短剣〉、「ダイモン」と呼ばれる守護精霊などの空想のアイテムを織り交ぜ、壮大なスケールで描いている。Northern Lights(米国版The Golden Compass, 邦題『黄金の羅針盤』1995)、The Subtle Knife(邦題『神秘の短剣』1997)、The Amber Spyglass(邦題『琥珀の望遠鏡』2000)の三部作からなるシリーズ作品である。
本シリーズは数々の賞を受賞し、40 ヵ国以上で翻訳されるなど、世界的ベストセラー作品となっているが、海外ではキリスト教の描かれ方に問題があるとして批判されることが少なくない。これは、作者プルマンが無神論者であることを公言しており、神を信じない立場からキリスト教の世界を描いているためである。物語は主人公のライラが、神や天使の介入しない「地上の共和国――楽園」を自分たちの手で創っていく決意をすることで終結する。善悪の基準を神にゆだねないことや、自己の意志決定の大切さを説いており、キリスト教の描かれ方に批判はあるものの、読者に生きるうえで大切な気づきを与えてくれる作品であるということが、魅力の一つであると考えられる。
もう一つ重要な要素として、少女の成熟に関するプルマンの考えを明らかにした。プルマンは子どもが性の自覚を経て成熟することを是としており、主人公ライラが性を自覚し大人の女性として成長する様子を肯定的に描いている。プルマンにとって大人の女性は、少女から階段を登るように段階的に移行していくものであって、少女が何かしら「喪失」したり「罪」を犯した結果存在するものではないのである。
以上のことから明らかにした作品のテーマに関連して、最後に主人公ライラとその母親、コールター夫人の母子関係に迫り、作品の魅力をさらに探究した。親子には多くの共通点がある一方で、明確な違いも存在する。その違いこそがライラが新時代の「イブ」たる所以である。両者の違いを比較し、ここまで明らかにした点と紐づけることで、His Dark Materials三部作の魅力の一端を明らかにしている。
なお、本研究においては、Philip Pullman, The Golden Compass; His Dark Materials Book one, A yearling book, 1996、Philip Pullman, 大久保寛訳『黄金の羅針盤』新潮社 2003、Philip Pullman, 大久保寛訳『神秘の短剣』新潮社 2004、Philip Pullman, 大久保寛訳『琥珀の望遠鏡』新潮社 2004 を対象として研究を行った。

ラウンドテーブル

15年戦争期東アジア児童文学の諸相  ――香港、広東・台湾、沖縄の事例から
浅野法子(大阪成蹊短期大学)・齋木喜美子(関西学院大学)・成實朋子(大阪教育大学)

15年戦争時期における東アジアの児童文学の状況について、特に1940年代に対象を絞り、1940年頃の香港、広東・台湾、沖縄について報告する。それぞれの報告の概要は下記の通り。

  • 香港についての報告  浅野法子
    アヘン戦争以降にイギリス領となった香港は、1941年12月から終戦までを日本に占領される。その間、英語でなく日本語の使用、「香港日報」の発行等の文化政策を進めた。当時、日本語による子ども向けの読み物がどれほど存在したか。そうした論考は管見の限り皆無であり、台湾ほどの普及はなかったかと推察される。一方、香港での中国語による児童文学の起源は、中国大陸の五四文化運動の機運を受け、新聞や雑誌の掲載作にみられる。本発表では、1941年6月創刊の華語児童雑誌『新児童』(曽昭森主宰、黄慶雲編集)に着目し、中国語による児童文学的な営みを検証する。日中戦争・国共内戦の混乱により、上海の出版機関が香港へ向かった。そして、東南アジアへと南下するひとつの文化ルートを追う。
  • 沖縄についての報告 齋木喜美子
    「八重山の民衆詩人」と称されている石島(喜友名)英文(1910-1992)の文学活動について報告する。
    英文は1938年に台湾に渡り、石田道雄(まどみちお)らとともに同人誌に童謡を発表するなど、文学活動に勤しんだ。しかし、まどのように童謡詩人を目指すも家庭の事情で許されず、失意のまま八重山に帰郷せざるを得なかった。帰郷後は離島教師の傍ら詩作を継続し、子どものためにもたくさんの作品を残している。また、台湾で発掘した英文の新聞投稿作品と戦後に出版された童謡集とのテキスト比較から、英文が台湾時代に発表した作品を手直しして、戦後に自身の本にまとめた形跡があることが判明した。つまり、台湾時代の童謡の研究と実践が彼の詩人としての基礎を培ったのであり、戦前との連続性が明らかとなったのである。今回は英文を焦点化するが、同時代に台湾で活動していた川平朝申や古藤實冨など、沖縄から台湾に渡った人たちが戦後引き揚げてきて教育や文化復興の原動力になっていたことも併せて紹介したい。
    英文は日本本土ではほとんど知られていないかと思うが、彼が沖縄で出版した作品集はいくつもあり、彼の作品や彼の影響を受けた人々の活動を紹介することも、東アジア地域の文化史の一端を明らかにするうえで意義があると考えている。
  • 広東・台湾についての報告  成實朋子
    国分一太郎が日中戦争期の1939年から1941年に中国の広東に渡り、南支派遣軍報道部につとめたこと、そして広東で見聞した『戦地の子供』(中央公論社、1940年)が、文部省推薦を受けたことにより広く読まれたということはよく知られたことである。しかし『戦地の子供』が1942年に映画化され、国分がその脚本を書いたこと、『戦地の子供』出版の翌年、1941年1月の『少女倶楽部』に『戦地の子供』の続編とも言うべき「続支那の子供」を掲載していたこと等はあまり知られていない。今回は、日中戦争下における広東での国分一太郎の活動を報告する。
     併せて、国分が宣伝班に属して軍が管理するラジオの「子どもの時間」の番組を作っていたことに対しても、わかった限りのことを報告していきたい。台湾での調査によって、ラジオの「子どもの時間」が台湾で作られていたこと、そのプログラムの中で、国分が自作『戦地の子供』を紹介していたこと等が明らかになり、日中戦争期におけるハブとしての台湾の役割が重要であったことが分かった。
     今回は、国分一太郎の活動を中心に、日中戦争期における広東・台湾の児童文学の状況についての一端を紹介していきたい。
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    第157回 日本児童文学学会関西例会担当

    成實朋子,齋木喜美子,川北典子