第158回 日本児童文学学会 関西例会ご案内
第158回日本児童文学学会関西例会を以下の通り開催します。
開催概要
日時:2025年5月24日(土) 13:00~16:30
会場:大阪府立中央図書館 2階多目的室(〒577-0011 大阪府東大阪市荒本北 1-2-1)
定員:会場60人(事前申し込み不要)
※どなたでもご参加いただけます。
参加費:無料
主催:日本児童文学学会関西例会
共催:大阪国際児童文学振興財団 協力:大阪府立中央図書館
プログラム
- 13:00~13:05 開会の挨拶
- 研究発表
- 13:05~13:45 JOAK「子供の時間」の研究 ―名作物語(1934年~1935年)― 畠山 兆子(梅花女子大学名誉教授)
- 13:45~14:00 休憩
- シンポジウム
- 14:00~16:30 近代日本の児童文学と歴史読み物―ヒーロー・ヒロインの受容史・社会史
登壇者 : 今田 絵里香 (成蹊大学)、榊原 千鶴 (名古屋大学)、
アーフケ・ファン=エーワイク (日本学術振興会外国人特別研究員)
司 会 : 鈴木 彰 (立教大学) - 16:30~16:55 懇親会 *登壇者、会員のみ
研究発表
JOAK「子供の時間」の研究 ―名作物語(1934年~1935年)―
畠山 兆子(梅花女子大学名誉教授)
1933(昭和8)年10月、逓信省の要請に基づき日本放送協会は、中央放送審議会(協会本部)と支部放送審議会(関東・関西・東海)を設置した。さらに1934(昭和9)年5月には逓信省の指導の下で、それまで各地方支部が行ってきた番組編成等の執行権を中央集権化するため組織の大改革を実施した。「子供の時間」もこの流れの中にあってしだいに自由な番組作りが制約されていった。『日本放送史 上』は当時の状況を以下のように述べている。
「昭和六年満州事変が起こるに及んで、取締りは一段と厳重の度を加えている。すなわち、昭和八年十月には、講演・ニュース・演芸等の種目いかんを問わず、①国体・政体・経済・道徳に関する極端な主義・理論・運動に関するもの、またはこれを推測させるようなおそれのあるものは、放送にとり上げない、②放送出演者の思想傾向に留意し、思想団体に関係ある者と否とを問わず、前記のような極端な主義を信奉し、または主義者を援助する疑いのある人物は排除する、③放送者の用語・口調は中正平調を旨とし、みだりに主観をまじえ、偏重的用語や激烈な口調の使用を禁ずる、など ―以下略― 」(※1)
組織大改革に先立ち、逓信省と日本放送協会はラジオ聴取拡大のため、全国の聴取契約者を対象として第一回聴取調査を、1932(昭和7)年5月から8月にかけて、約123万枚の調査用紙を配布して大々的に行った。回答総数は358,039枚(29パーセント)であったという。集計結果は、1934(昭和9)年4月、逓信省・日本放送協會編『全國ラヂオ調査報告 第一回』として出版された。
「調査の目的」は、「聴取の實相と聴取者の要望を知り、以て放送事業に對する指導精神を確立するに在る。」(※2)とある。「聴取者の要望を知り」とはあるが、真の目的は「放送事業に對する指導的精神を確立する」ためのものであった。(※3)
「子供の時間」の嗜好結果を「子供の時間」の担当者はどのように受け止めたのであろうか。『全國ラヂオ調査報告 第一回』の「子供の時間」に対する「結論」は、「殊に童謡、唱歌の如きは、放送量の割合に比較して積極希望の多きを認める。但し兒童劇に於いてのみは放送量の最高なる割合に聴取率も低く、希望の積極性に乏しいことは研究を要する。」(※4)というものであった。
『ラヂオ年鑑 昭和9年版』に収録された昭和8年一年間の「子供の時間」の放送項目の割合は、音楽系(童謡唱歌14.5% 和楽0.9% 洋楽 10.5%)25.9%、童話6.5%、演芸23.1% 子供の新聞14.5% 講話30.0%であった。(※5)演芸とは、「童話劇」「児童劇」「唱歌劇・歌劇」を意味する。講話はお話で、「訓育的講話」「学習指導及補習」「趣味的講話」に分かれるという。「実況描写放送」と「座談会放送」は、講話に集計されたと考えられる。
昭和8年、結果判明後の担当者の動きには、音楽系統(童謡、唱歌、児童音楽)を強化するのは当然として、子どもの聴取拡大を図るためには、演芸を魅力的にする必要があると考えた節がある。本論ではJOAK「子供の時間」担当者、関屋五十二を中心とした(東京)放送童話研究会の活動を明らかにすることで、その模索を明らかにしたいと考えている。
※1 日本放送協会編『日本放送史 上』昭和40年1月 190頁
※2 「イ 調査の目的」逓信省・日本放送協會編『全國ラヂオ調査報告 第一回』昭和9年4月 2頁
※3 「「子供の時間」聴取調査の検討 ―1928年から1932年―」「大阪国際児童文学振興財団研究紀要」第38号 2025
※4 ※2に同じ。90頁
※5 「「子供の時間」の放送」日本放送協会編『ラヂオ年鑑 昭和9年版』昭和9年6月 176頁
シンポジウム
「近代日本の児童文学と歴史読み物――ヒーロー・ヒロインの受容史・社会史」
登壇者 : 今田 絵里香 (成蹊大学)、榊原 千鶴 (名古屋大学)、
アーフケ・ファン=エーワイク (日本学術振興会外国人特別研究員)
司 会 : 鈴木 彰 (立教大学)
本シンポジウムは、近代日本における児童文学と歴史読み物の関係について、特に歴史上のヒーローやヒロインの描き方という観点から再考することを目的としている。落合直文おちあいなおぶみ・池辺義象いけべよしかたによる『日本歴史読本にっぽんれきしどくほん』(1891-92年)や大和田建樹おおわだたけきの『日本歴史譚にっぽんれきしたん』(1896-99年)をはじめ、歴史上の人物を描いた伝記物は、黎明期の児童文学における主流のジャンルであり、当時の社会形成にも重要な役割を果たした。少年・少女雑誌や歴史双六、絵本などにも多くの歴史的人物が描かれ、明治・大正時代の子どもたちに歴史的な価値や理想像が伝えられていたこともよく知られている。しかし、勝尾金弥かつおきんや氏による歴史叢書と伝記の研究以降、児童文学や文化研究における歴史読み物の位置づけは薄れてきており、再評価が必要とされている。こうした現状に照らして、本シンポジウムでは、特に以下のテーマと課題を重視することとしたい。
第一に、「富国強兵」や「良妻賢母」といったスローガンを超えて、少年・少女雑誌に描かれているヒーローとヒロイン、特に歴史上の人物に託された価値観や理想像について考察する。さらに、歴史読み物と古典文学の関係性に注目する。近代以前の偉人伝や列女伝が、どのように近代の児童文学に取り入れられ、どのように変容したのかを検討することは、当時の教育や社会的背景を理解する手がかりとなる。最後に、大人向けの歴史小説とは異なり、児童文学における歴史読み物や挿絵には、「子ども」向けだからこそ可能な表現や試みがなされていた。読み物がどのように子どもたちに向けて歴史を語り、教育的なメッセージを伝えていたのかを再評価することも重要である。
これらの視点に留意しながら、近代の児童文学と歴史読み物との関係をあらためて問い直し、これから取り組むべき課題を明確化することをめざす。
近代日本の少年雑誌『日本少年』と少女雑誌『少女の友』の歴史小説・伝記小説を比較して、どのようにヒーロー・ヒロインが描かれているのかを明らかにする。そのことで読者の少年少女にどのようなジェンダー役割が期待されていたのかを解明する。近代学校教育は少年に「立身出世」、少女に「良妻賢母」というジェンダー役割を期待していたが、少年少女雑誌はそれらを後押しするものを描き出しつつ、それらと相容れないものも描き出そうとしていた。少年雑誌のヒーローは「末は博士か大臣かあるいは大将か」という言葉どおりに学者・政治家・軍人が多いが、少女雑誌のヒロインは時代ごとに大きく変化し、スター・芸術家が多い時代もあった。
本発表では、江戸時代以降、広く親しまれた遊び道具のひとつである絵双六に注目し、歴史読み物に登場する女性像の受容と、そこに託された教育的メッセージを考える。具体的には1909年(明治42)『女学世界』(博文館)新年号の付録「新撰名媛双六」を取り上げ、同誌掲載の「絵解」と、双六に描かれた16名の女性のうち、祇王、袈裟、小宰相局、静、小督局といった軍記物語に登場する女性、および弟橘媛、小野小町らを手がかりに、児童を含む女性一般に向けて示された教訓を検討する。
明治中期以降、多くの歴史上の人物の伝記が出版されるようになり、特に男性を描いたものは男の子の手本とされた。大正時代には幼年雑誌や少女雑誌が盛んになり、歴史上のヒーローやヒロインも読者層に合わせて脚色されるようになる。本発表では、源平・南北朝・戦国時代の人物を取り上げ、以下の三点に注目する。第一に、昔の人物の幼少期の描写。第二に、中流階級の子どもたちの「遊び」や「習い事」の取り込み方。第三に、子どもを主人公とした歴史物語における内面描写の試みである。こうした「子どもらしさ」や「少女らしさ」をまとった昔の英雄像が体現する思想について考察する。
第158回 日本児童文学学会関西例会担当
遠藤純、柿本真代、来栖史江、土居安子